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境港、女一人旅(^^)/冬編【松江城→鬼太郎列車→水木しげるロード→水木しげる記念館】

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八雲立つ出雲を後にして、次は妖怪の街、境港へ・・・その途中で松江城を見学。

しかし急に具合がわるくなり、電車で寝そべる編。

 

目次はこちら。

 

 

松江城は、やぐらっぽい!殿様は住んでなかったぞ。

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松江城は松平氏の居城だった。

松江城は、関ケ原大戦の後、1611年に、堀尾吉晴により建立。 天守閣は、桃山時代の特徴を残しているそうだ。

1614年から京極忠高が松江藩主、 そして、徳川家康の孫、松平直政が1639年頃から移ってきて、10代続く居城となったそうな…。

あ、ちなみに徳川家康の子供の数、知りたくないでしょうか? なんたって、300年ほど続いた幕府の始祖ですから、凄いことになってるんじゃ!! 100人とか?いやもっと? とか思ったら、いがいと16人だけでした…。

 

もちろん多いですが、今のお祖父ちゃんお祖母ちゃんの世代って、兄弟姉妹10人とかザラにきくので、1.5倍程度ってことになる。 割と堅実だ…この子供の数も、家康の手堅さを表しているのかもしれない…。

閑話休題。

お城です。確かに立派。

 

けれど、西洋の豪壮な城に比べると、やっぱり日本のお城って、こじんまりしているなあ。 あと、あんまり人が暮らしていた気配がしない。

居住スペースというよりも、「やぐら」という言葉がふさわしい建築物に思える。

…と思ったら、やっぱりそうで殿様は天守閣には住んでいなかった!!らしい。

 

安土桃山時代以降は、天守閣に住んだのは、変わり者(傾奇もの?)として有名な織田信長くらい。普段は、城主のステータスシンボル的な存在として、物置のように使われていたそうな…。

 

江戸時代は、戦乱も無いから、この傾向には拍車がかかったことだろう。

 

内部の下層階は日が差さないし、上へ行けば日光はあるが、エレベーターなど無い時代のこと、六階くらいも自力で上がっていくのはとても大変である。 …てことは、毎日天守閣を上り下りしていたとすれば、信長は相当脚力があったということか!?

 

松江城の内部階段も、けっこう急で、手すりにつかまるのが安全だった。

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 中は展示室になっていて、一階事に色々なものが陳列されていた。 刀剣、鎧兜、地図、絵巻物など…。 天守閣は、何も無駄な飾りはなく、とにかくシンプルで武骨な作りだった。 春には桜が咲く、お花見スポットだという。  

 

鬼太郎列車で妖怪の国へ…

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ここで思わぬアクシデントが。 この日はおなかいっぱいの気がして、お昼はぜんざいだけですませて、かつかなり歩き回っていたせいか、境港へ向かう電車の中で、頭痛と吐き気におそわれた…。

食べる量が少なすぎる時、ごく稀にこんな状態になる。 慌てて、八朔を食べたのが、胃酸を過剰に分泌させたらしく、吐き気にトドメ。 気持ち悪くて目の前が暗くなってきた。

 

こりゃ駄目だ!と思って、座席にばったり横になる。

向かいの女子高生や通り過ぎている家族連れの視線が気になる余裕すらなく。 完全にグロッキー・・・。 しかも乗っていたのが「鬼太郎列車」なるもので、 鬼太郎やら、ねこ娘やら目玉親父とかでラッピングされている車体。 この記事のトップに持ってきている写真みたいな、あのような電車でした。 米子と境港をつなぐJR線を走っている。

 

こりにこってくれちゃってるのが、境港までの駅には、それぞれ妖怪駅としての「別名」が付けられていて、 (例えば、高松町駅=「すねこすり」駅、大篠津駅=「べとべとさん」駅) 豪華なことに鬼太郎(の声優さん)の声でアナウンスが入るのだ。 「次は、どろたぼう駅ダヨ」的に。 ふふ、これは地味につらかった。

いや、妖怪好きなんだけど。

だから水木しげるのふるさとまで行きたくなったの。

でもやはりグロッキーな時に、次々と妖怪イメージを頭に突っ込まれるというのは、悪夢のようで、シュールで、しんどいねー・・ てなわけで、境港に着いたときは、もうヨロヨロ。

 

宍道湖ぞいを走っていたはずだが、夕暮れを楽しむ余裕はまるでなく。

↓宍道湖はこんなとこ。

 

 ポートイン境港によろめきながら着いて、さっそく、一時間くらい寝込んでしまったのだった…。

 

健食倶楽部 元気亭のトンカツがめちゃ旨!

とはいえ、お腹ペコペコが原因のダウンなので、このまま何も食べないとヤヴァイ! 一時間くらい寝てる間に回復してきたが、遠出する自信もなく、一番近い「元気亭」というお店に。

食べログ評価そんなに良くなかったんだけど。 で、行ってみたらこれが大正解!!

食べログの得点って、誰かすごい低い点数つけると、ひきずられて下がっちゃうからねえ。

先ほどのダウンがどこへやら、カニクリームコロッケと、トンカツと、おにぎりをバカスカ平らげて、みるまに回復した。

このお店は非常に旨かった。  

↑食べなかったけど、海鮮丼もあるようだ。

 

お手頃価格の、ポートイン境港に宿泊。

公共施設のせいか、あまり宿泊予約サイトに出てこないホテルなので、ちょっとメモ。 境港は宿が割と少なくて、リッチで豪華なリゾートホテル、中級ホテルが幾つかあったのだが、宿泊費を抑えたかったので、このポートイン境港に泊まった。 もとは港湾労働者用の宿泊施設だったらしい。

 

二階は和室、三階には洋室がある。 利用者は男性が多めだったが、必要充分で快適に過ごせた。 二階は、バス・トイレ共用(男女別)、 三階は専用のユニットバス有り。 平日には朝食プランも付いている。(週末は食堂は閉まっている) 駐車場有。

 

水木しげるロードのこだわり抜いたギミックに感動

境港駅/Sakaiminato Station


境港は水木しげる縁の妖怪の街。町中の鬼太郎ギミックがディズニーランド並みのこだわりを見せていて圧倒された。お昼は、青海苔ラーメンを食べて、水木しげる記念館を満喫。

水木しげるロードは、全面的に、妖怪で町興ししている。

本当にテーマパークみたいに、妖怪の銅像がずっと並んでいて、両脇は水木キャラを冠した商店だらけ。

しかも、あまりに力が入ってるので、観光地として失敗していないのだ。

 

  まず、一端木綿が鳥居になっている妖怪神社がある。 目玉の親父を模した石がくるくる水盆の中で回っている。

  それから、こだわり抜いたギミックの数々には感動するしかなかった。 見てください、この 「下水の蓋」  

#1044 Sunakakebabaa (砂かけ婆)


 トイレのサインもこの通り  街灯もこんな感じ。

L'ull

   電話ボックスも妖怪仕様! それから着ぐるみがわさわさ歩いていて、色々構ってくれる。 個人的には、サラリーマン林の動きがあまりに、胴に入りすぎててツボだった。

 

かったるそーにだるそーに通りを歩いてるの。 時々、腕をボリボリ掻いたりとかして

 

  随所にあるスピーカーからは 「げ、げ、ゲゲゲノゲ、夜は墓場で運動会、楽しいな、楽しいな♪」 「おばけにゃ学校も~、試験もなんにもない!

 

  などと、ビヨヨーンという愉快な効果音と共に、テーマソングが流れていて気分を盛り上げる。 あ~~いいよなー妖怪!早く妖怪になりたい!!と思うことしきりになってくる。

 

境港の妖怪お土産もハイクオリティ

店主が自作した水木キャラクターのフィギュアを所狭しと並べてあるお店あり、 駄菓子屋さんあり、水木漫画が揃う書店あり、 あとご当地キティに、いったんもめん版とか鬼太郎ちゃんちゃんこ版とか色々あって、ナンセンスに可愛かった。

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見てくださいよ、この目玉の親父キティ!すごいね。  キャラ オン キャラですよ、考えてみれば。

まぐろラーメン本舗 太陽軒の感想

 

お昼は、蟹丼のお店が休みだったのもあり、太陽軒という、水木しげるロードの中の大きめのラーメン屋さんに入った。

フードコートスタイルで、お盆を持って、おばちゃんにラーメンを乗せてもらう。 海苔が乗っているラーメンとチャーハンを食す。 とろっとしたスープが麺に絡んで美味。蟹もなかなかおいしい。

 

驚きはないけれど、まあまあ普通においしかった。

水木しげる記念館は予想以上に面白い。

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観光地によくありがちなのが、なんとか記念館。

若干退屈も予想して入ったんだけど、コレがどうして面白かった。

展示内容が濃いし、工夫されていた。

 

  漫画をめぐるようにして見れるようになっている、水木作品紹介パネルがあったり、 ちょっとお化け屋敷的な妖怪の小道があったり。

著作も読めるようになっているので、思わず「水木さんの幸福論」を読みふけってしまう。 水木サンが亡くなったときに、フェイスブックとかで幸せになるための七か条がよく流れていたアレである。

水木サンの幸福論

幸福の七カ条

第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。 第二条 しないではいられないことをし続けなさい。 第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。 第四条 好きの力を信じる。 第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。 第六条 怠け者になりなさい。 第七条 目に見えない世界を信じる。

出典:角川文庫「水木サンの幸福論」

改めて、素晴らしいなあと感じる。

目に見えない世界を信じる」というのが最後に置かれているのも、じんと来る。

本当に、なかなか忘れがちだなあ、目にも見えず、数えられないようなものって。

 

でも一番大切な何かって、そういうところにあるんじゃないのかな。

  あと「なまけものになりなさい」も有名だけれど、これにはちょっとした裏があった。

 

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水木サンは、不惑の四十歳も越えてから、ようやく売れっ子漫画家になったのだけれど、今度はあまりに多忙になり、徹夜続きで、ある日ぶっ倒れたそうだ。

 

それから、現代の早いペースに追いまくられることに疑問を感じて、自分から仕事量をセーブして働くようになったという。 若い頃は必死になりなさい、みたいなことも本の中で書いていて、水木サン自体は、とても努力家で一途なタイプであったようだ

 

世界の妖怪や伝説の生き物をピックアップした切り抜き資料も、膨大なを集めていた。

ストーリーとか話の工夫も、いつも考えては、それで食べていけるように懸命だったようだ。 鬼太郎が有名だけれど、水木サンはとてもリアルな従軍体験記も、幾つも遺されていて、読むとかなり胸に迫るものがある。

鬼太郎/Kitaro

 

体験した人だけが描き出せる、単に頭の中で考えたことだけでない、戦争への警鐘となっている。 反戦漫画というだけでなく、物語としても読ませる仕上がりになっているのが流石だ。

 

  あと、水木漫画が鬼太郎のほかにも、本当に大量にあったのにびっくりした。

  水木サン(水木しげるは、自分のことをこう呼んでいた)は、戦争中に現地のジャングルの部族たちと仲良くなって、サボっては彼らのところで一緒にバナナ食べたりなんだりのんびりしていたそうだ。

 

でも戦後、その村に遊びに行くと、そこにも消費社会が入ってきていて、前はものが少なくても、満ち足りたように暮らしていたのに、色んな商品を買うために村人はあくせく働くようになってしまっていたという

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色々考えさせられるエピソードだ。

水木しげるは、おちゃらけだけじゃないとこがゴイス。いや、あくまでおちゃらけていて、エキセントリックで、とぼけているのに、深いことをさらっと言ってしまうのがすごい。 やっぱあらためて、水木ワールドのファンになってしまった。

 

  ちなみに「ゲゲゲの鬼太郎」の「ゲゲゲ」の由来は、水木しげるが子供のとき、自分を「しげる」と発音できなくて「げげる」と言っていたことから来ているそうだ。

  今回の旅はここまででした。最後まで読んでくださって、本当に有難うございます。ペコリ。 米子鬼太郎空港から、東京に帰ったのであった。 この空港も、あちこちに鬼太郎がいた!   境港は、水木しげる好きには、本当におススメだった。

子供さんも楽しめると思う。

 

 あ~「試験もなんにもない」妖怪っていいな~~、ゲゲゲのゲ 

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